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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)1429号 決定

債権者

高田貞二

債権者

甲斐松代

債権者

嶋谷節子

右債権者ら代理人弁護士

山口健一

下川和男

飯高輝

篠原俊一

小山操子

債務者

芝実工業株式会社

右代表者代表取締役

辻井正宏

右債務者代理人弁護士

髙野裕士

主文

一  債権者らが勤務場所を債務者大阪事業所(大阪工場)とする雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者ら

主文同旨

二  債務者

1  債権者らの本件申立てを却下する。

2  申立ての費用は債権者らの負担とする。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実及び疎明資料により認定できる事実)

1  当事者等

(一) 債権者高田貞二(以下「債権者高田」という。)は、昭和四五年五月債務者に入社した。その後、平成七年五月二〇日に定年となったが、債務者との協定により同月二一日から嘱託社員として勤務している。

債権者嶋谷節子(以下「債権者嶋谷」という。)は、昭和四五年四月、パート社員として債務者に入社し、同年七月に正社員となった。

債権者甲斐松代(以下「債権者甲斐」という。)は、昭和四七年四月に債務者に入社した。

債権者らは、債務者に入社後現在に至るまで、一貫して債務者大阪事業所(以下「大阪事業所」という。)において勤務し、ケーブル製造の業務に従事してきた。

(二) 債務者は、自動車、農機具、工作機械部品用のコントロールケーブル(ハンドブレーキ、アクセル、クラッチ等の遠隔操作のためのワイヤー)等の製造を業とする株式会社である。設立当初から、大阪市西淀川区(以下、略)に本社及び工場を設置して営業を行っていたが、昭和四五年一二月に、奈良県大和高田市に工場を新設し、その後第二及び第三工場を同所(以下、三つの工場を併せて「本社工場」という。)に設け、さらに、平成五年三月三一日には本社を肩書住所地に移転させた。

債務者の従業員は総数三七名(債務者の代表者を含む)で、事務職九名、本社工場勤務での組立従事者一三名、出荷従事者三名、資材、検査及び梱包従事者七名、アウターコーティング、インナー鋳込み従事者二名、大阪事業所の組立従事者三名(債権者ら)である。

年商は、約四億五〇〇〇万円であり、年間生産数は、本社工場で一一〇万本、大阪事業所で一〇万本である。

二  主張

債権者ら及び債務者の主張の概要は、次のとおりであるが、その詳細は、配転無効等の仮処分申立書、答弁書及び主張書面(準備書面と記載)のとおりであるから、これを引用する。

1  債権者ら

(一) 配転命令権の無効

債務者は、平成七年五月一八日に債権者らに対し文書で同月二三日から本社工場に勤務せよとの配転命令(以下「本件配転命令」という。)を行った。しかし、本件配転命令は次の理由で無効である。

債権者らの所属する全大阪金属産業労働組合及び同労働組合芝実工業分会(以下、両者を併せて「本件組合」という。)と債務者との間で、平成五年三月二六日に「新大阪工場についての協定書」と題する協定書により協定を締結し、同協定により、同協定締結時に大阪事業所に勤務する組合員ら(債権者らを含め四名)が、定年に達するまでの間は、大阪事業所を存続させることに合意した(以下「本件協定」という。)。しかしながら、債務者は、右合意に反し、大阪事業所を閉鎖して、債権者らを本社工場へ配転させる旨の本件配転命令を行ったものである。

(二) 配転命令権の権利の濫用

債権者らはいずれも大阪事業所に勤務することを前提にして債務者に入社したものであり、高齢であることから、本社工場に勤務することになれば、通勤時間の負担により、結局債務者を辞めざるを得なくなる。債務者の本件配転命令は、債権者らを辞職に追い込むための配転命令であり、配転命令権の濫用である。

(三) 保全の必要性

本件配転命令が実施されると、債権者らは、通勤に片道二時間ないし二時間半を要するために、そのような通勤は物理的にも不可能であり、退職せざるを得なくなる。その結果、職を失うことになり、生活の糧を失うことになる。

2  債務者

債務者は、本件協定に基づき大阪事業所を存続させる際に同事業所において生産の採算が取れることを条件にしていた。しかるに、大阪事業所は、小人数であり、債権者らの勤労意欲が不十分であったために、本社工場に比較して生産効率が極めて低い状態に終始するようになった。そのために、債務者は、本件組合に対し再三にわたり大阪事業所の閉鎖に関する話合を求めたが同意に至らなかった。債務者は、大阪事業所における生産効率の悪化、不良品が著しく発生する状況が続く中で、平成七年二月二三日に、債権者らと話し合った結果、今後不良品を発生させたら大阪事業所を閉鎖し、本社工場に勤務することを合意した。債権者らは、その後も不良品を多数発生させたので、本件配転命令を行ったものである。

三  争点

1  債務者の債権者らに対する本件配転命令は本件協定に違反するものであるのか否か又は権利濫用にあたるのか否か。

2  違法であるとした場合に保全の必要性があるのか否か。

第三争点に対する判断

一  本件配転命令の違法性について

1  争いのない事実及び(証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 債務者は、平成元年ころより赤字経営のために経営が苦しくなり、大阪事業所の敷地及び建物の賃料合計月金一〇〇万円の支払いの維持が難しくなったことから、経営の合理化のために、大阪事業所を閉鎖し、本社工場に移転することを検討した。当時大阪事業所にいた一三名の従業員は、そのうち七名が退職し、三名が本社工場に勤務することに同意したが、債権者ら及び林守男(以下「林」という。)が、右閉鎖に伴って本社工場に配置転換することに同意しないことから、大阪事業所を縮小することにより存続させることとし、平成五年三月二六日付で、本件組合との間で、大阪事業所の縮小に伴い、同事業所を縮小して大阪工場のうち債務者所有地二〇坪の土地部分を残して存続させて、当時大阪事業所に勤務する債権者らを含む四名の従業員が定年退職するまで存続させることを合意する旨の協定(本件協定)を締結した。その結果、債権者ら及び林の四名が大阪事業所で引き続き勤務することになった。

(二) 債務者は、その後も経営の合理化のために大阪事業所を閉鎖することを検討していた。債務者は、平成五年七月二〇日には、本件組合に対し、大阪事業所の閉鎖の申入れを行い、その後も平成六年一月六日に右申入れを行い、同年二月一六日には、本件組合との団体交渉において、大阪事業所の閉鎖と同事業所勤務の四名の者の本社工場での勤務を申し入れた。しかし、右申入れは、本件組合の入れるところではなく、合意できなかった。その後も大阪事業所閉鎖の問題は、依然解決されることはなかった。さらに、債務者は、本件組合に対し、平成六年一一月五日付けで、大阪事業所の閉鎖を申し入れたが、右申入れは、本件組合の入れるところではなかった。

(三) 林は平成六年一二月に休職して後平成七年五月八日に職場復帰後本社工場に勤務することになった。その結果、大阪事業所の従業員は債権者ら三名となった。

(四) 債権者らは、平成六年一〇月ころから、債務者から不良品が出るたびに本社工場に呼びつけられ、債務者から叱責を受けていた。債権者らは、平成七年二月二二日に債務者から不良品が出たことで、本社への出頭を求められた。債権者らは、債務者の従業員である製造部主事荒木進に同道され、債務者の本社の会議室において、代表者である辻井正宏(以下「正宏」という。)に会い、同人から不良品発生について罵倒され、債権者嶋谷及び同甲斐は、屈辱のために泣き出してしまった。その後、債権者らは、右会議室を出てきたところ、正宏の妻であり代表取締役である辻井敏子(以下「敏子」という。)から今後不良品を出したら、本社工場で勤務してもらう旨きつい口調で執拗に言われ、他の従業員個人個人への謝罪を求められた。債権者嶋谷及び甲斐は、泣きながら他の従業員へ謝罪した。その後、債権者らは同年三月二二日に債務者から不良品が出たということで、本社への出社を求められ、会議室において債務者役員の立会のもと、敏子から「二月二三日に、今度不良品を出したら大阪工場を閉鎖すると言ったはずだ。」と詰問されたが、債権者高田は、そのような合意をしていないと反論した。その後、債権者らは、同年五月一八日に債務者から本件配転命令を受けた。

2(一)  使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものであるが、労働契約等により労使間で就労場所が特定されている場合には、その変更には、従業員の同意を必要とする。

また、使用者は、労働者に対する指揮命令権に基づき配転命令をすることができるとしてもこれを濫用することが許されないことはいうまでもなく、当該配転命令につき業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機、目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情の存する場合は権利濫用として無効になるというべきである(参照、最高裁昭和六一年七月一四日第二小法廷判決、判例時報一一九八号一四九ページ)。

(二)  この点本件についてみるに、債務者は、平成五年三月二六日付で、本件組合との間で、大阪事業所の縮小に伴い、同事業所を縮小して存続させて、当時大阪事業所に勤務する債権者らを含む四名の従業員が定年退職するまで存続させることを合意する旨の協定をしており、債務者は、債権者らとの間で、勤務場所の特定がなされているのであるから、債権者らの同意がないかぎり、就労場所を変更することはできない。

債務者は、平成七年二月二三日債権者らとの間で、大阪事業所の閉鎖と本社工場への配転の合意をしたものであり、右合意に基づき債務者は、債権者らに対し本件配転命令を行った旨主張する。

しかしながら、前記1の事実によれば、債権者らは、債務者代表者らから不良品発生について一方的に罵倒され、叱責を受けたものであり、債権者嶋谷及び甲斐は、悔しさのあまり泣き出す状況であり、加えて女性で老齢であり、正宏や敏子の見幕にあがら(ママ)うことができず、いわれるままに謝罪し、反論を加えることはなかったものである。むしろ、債務者が債権者らに対し、一方的に大量の不良品生産を理由に極めて不利な状況下で暗に配転を求めたものであると認めるのが相当である。また、(証拠略)によれば、債務者においては昭和五〇年二月三日付協定書により組合員の配置転換等について事前に組合と協議し、組合の同意を得た後に施行する旨協定している。しかるに、債務者は、債権者らに対する本社工場への配置転換について、本件組合との事前協議をしていないことは明らかである。このような債権者らのこれまでの大阪事業所閉鎖に対する態度及び平成七年二月二三日の債権者らを巡る環境からすれば、債権者らと債務者との間で大阪事業所を閉鎖して本社工場で勤務するという合意がなされたものであるとは認められない。

(三)  なお、債務者は、債権者らが、本件配転を認める旨の合意をなした旨の主張に沿う疎明資料を提出しているが、これまで債権者らが債務者の本社工場への配転の申出を通勤が困難であることを理由に許(ママ)否していたことは債務者も認めているとおりであり、債権者高田は、平成七年三月二二日債務者の本社会議室において債務者からの本社工場への配転の指摘にかかわらず、本社工場への配転について同意していない旨述べていること、債権者らの本件における審尋での態度、債務者が主張するように、仮に債権者らが、平成七年二月二三日に本件配転命令に対し予め同意しているものであるならば、債務者が同年三月二二日に再度債権者らに対し、右合意の確認をする必要はなく、不良品が発生したとする同日に配転命令を行ってしかるべきなのに、実際は同年五月一八日付で債権者らに対し、本件配転命令を行ったものであることからすると、右疎明資料のうち債権者らが、配転命令について明確に回答した旨の記載部分は信用することができない。

(四)  債権者らは、債務者との間で平成七年二月二三日に、配転についての同意をしたとは認められないから、債務者の本件配転命令は、労働契約に反した無効なものであり、債権者らには、被保全権利が一応認められる。

3  債務者は、債権者らに対する本件配転命令は、大阪事業所における生産性の悪化及び致命的な不良品の大量発生によるものであり、債務者の経営上やむを得ない措置であり、債務者が平成六年一一月五日には本件組合に対し大阪事業所の閉鎖と債権者らの本社工場への配置転換に関する申し入れを行ったところ、本件組合は「大阪事業所組合員と組合本部との間で交渉をしてほしい。」との回答をして本件組合は大阪事業所の閉鎖には基本的には反対しない態度を示した旨主張するのでこの点について検討する。

(一) 前記1の事実及び(証拠略)によれば、債務者の経営状況は、平成二年は売上四億六六九一万九〇〇〇円、営業利益が六九万九〇〇〇円、経常利益が九四三万一〇〇〇円、当期利益金が〇、累積欠損金が三八四二万一〇〇〇円であり、平成三年では、売上四億五二二七万八〇〇〇円、営業利益がマイナス五六二五万二〇〇〇円、経常利益がマイナス三三四六万六〇〇〇円、当期利益がマイナス三五〇七万二〇〇〇円、累積欠損金が五八九八万五〇〇〇円であり、平成四年では、売上四億七六〇万九〇〇〇円、営業利益がマイナス四二八万三〇〇〇円、経常利益がマイナス三六六万三〇〇〇円、当期利益金がマイナス三二六万一〇〇〇円、累積欠損金が四七七四万一〇〇〇円であり、平成五年では、売上三億三三〇〇万八〇〇〇円、営業利益がマイナス三七〇二万八〇〇〇円、経常利益がマイナス三六五〇万一〇〇〇円、当期利益金がマイナス三七一六万一〇〇〇円、累積欠損金が七九八四万三〇〇〇円であり、平成六年では、売上四億五五七二万七〇〇〇円、営業利益が三一八〇万九〇〇〇円、経常利益が三〇七九万二〇〇〇円、当期利益金〇、累積欠損金が四九二〇万三〇〇〇円であり、厳しい状況におかれていること、他方、大阪事業所の生産効率は、本社工場に比較すると、生産数について、平成七年一月から同年五月までの比較によると、大阪事業所では、合計三万九九六八本で一人当たり一日の生産合計本数は、五三二本であり、本社工場においては、総生産数三八万七五四九本、一人当たり一日の生産合計本数は一三八六本であり、大阪事業所の一人当たりの生産本数は、本社工場に(ママ)それの平均約三分の一であり、組立工賃の比較においては、大阪事業所において、ワイヤー一本あたり一二九円、本社工場において、一本四八円であって、大阪事業所の組立工賃は本社工場の約三・八倍も掛かること、不良品の発生率は、別紙大阪事業所不良品発生分(以下「別表」という。)の記載のとおり、大阪事業所では平成七年一月から五月までの間に三五三本発生し(なお、別表記載番号1の不良品の発生については、後記するように信用できない。)、総生産数の約〇、八パーセントであり、本社工場では、六本で総生産数の〇、〇〇二パーセントであることから、一般に大阪事業所の生産率及び経営効率が本社工場に比較して極めて悪い状況にあったこと、それゆえ、債務者において再三にわたり本件組合に対し大阪事業所の閉鎖を申し入れていたこと、債務者は、平成六年一〇月ころ、ウインブルヤマグチから同社に販売したブレーキ及びワイヤーの加締部分が外れる不良品が発生した旨の通知を受け、今後もこのような不良品の発生があると取引を中止する旨言われたこと、右商品は、大阪事業所において生産されたものであることが判明したので、債務者は、債権者らに厳重注意をし、不良品発生の再発防止のために、不良品発生の事実を記載することになったこと、債務者は、債権者らの製造した製品から不良品が発生した際には常に債権者らに注意していたが、具体的な改善策を検討したことはなく、債権者らの自覚に委ねていたことが一応認められる。このような大阪事業所における不良品の発生と、経営効率の悪化に対し事業所を本社工場に一本化して、経営効率を図り、取引先の債務者の製品に対する信頼を高めていこうとする債務者の経営姿勢は決して責められるべきものではない。

なお、(証拠略)によれば、別表(略)記載の番号1の平成七年二月一五日に発見された不良品五五〇〇本については、債務者は、債権者らの責任による旨述べている。

しかしながら、右不良品の製造は平成六年一一月三〇日から同年一二月九日の間には製造されていないものであること(〈証拠略〉)、仮に右不良品が債権者らが製造したものであったならば、債権者らは平成六年一〇月ころから不良品の発生のたびに債務者から注意を受けているのであるから不良品が五五〇〇本もの大量に発生したものであれば、債権者らに同日に注意があっても不思議ではないのにそのような注意等は認められない。したがって、平成七年二月一五日に発見された不良品は債権者らの製造したものであるとはいえない。

(二) しかしながら、債権者らの生産性の低さ及び不良品の発生は、債権者らのみの責任によるものであるとするのは、債権者らの置かれている状況を考慮するならばあまりにも酷であるといわなければならない。すなわち、本件疎明資料によれば、債権者らの作業内容をみるに、コントロールケーブル一本を製作するには、〈1〉アウターを切断する、〈2〉切断されたアウターの両側に金具を締める、〈3〉アウターの中に入れるインナーを切断する、〈4〉インナーの片方に金具を入れて締める、〈5〉インナーをアウターに通す、〈6〉インナーの反対側を締めるなどの作業工程によるが、債権者らは、三名で〈2〉ないし〈6〉の作業を行い、インナーの切断については、大阪事業所には、自動切断機が設置されていないことから、手動切断機で切断するために、誤差が生じる可能性が極めて高くなっていること、本社工場では、アウターの切断及びアウターの加締めを外注に出しているために、不良品が発生した場合には外注先の責任となり、債務者の不良品発生率に勘案されないこと、また、本社工場では、〈4〉ないし〈6〉の作業を従業員一三名が生産ラインに則って作業を実施しているために、生産効率が図られ、不良品の発生のチェックも厳重になされ、さらに、不良品の発生を防止するために検査係が特別に設けられ、不良品発見の際には、再度正常なものを生産するようにしているのに対し、大阪事業所では、そのような専門の検査員を置かず、検査は全て本社工場で一括してなされていること、不良品の発生は、本社工場からの部品の計画的な発送が実施されず、急遽急ぎの仕事が持ち込まれ、急いで生産をしなければならない状況が存在したことにも起因することがあること、本社工場からの発送部品の誤りもあったこと、さらに、大阪事業所における製造品については全て本社工場で検査されているにもかかわらず、別表記載の4番ないし10番の不良品は総数二八〇本に及び、右不良品は平成七年二月一日に製造されているが、本社工場では不良品の発見ができなかったことが一応認められる(〈証拠略〉)。

このように債務者は大阪事業所での不良品の発生について、これまで具体的な措置を講ずることなく、債権者らの自覚に委ねられていたものであり、生産効率の悪さは、債務者の作業手順の能率の悪さに由来することも否定できず、その点を無視して、債権者らのみを責めたてることは、債権者らに酷といえる。

(三) 債務者が主張する本件組合の債務者への回答書(〈証拠略〉)によれば、債務者と債権者ら及び全大阪金属産業労働組合と交渉することを求めているに過ぎず、右回答書をもって、本件組合が大阪事業所の閉鎖に対し基本的に反対しないとまでは読み取れない。

(四) 以上のことから、債務者において経営の合理化による収益性を高めることは企業として当然考慮すべき事項ではあるが、そのことから直ちに、債権者らの同意及び本件組合の事前協議のなされていない本件配転命令を適法にするものではない。

二  保全の必要性について

1  (証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者高田は、兵庫県尼崎市に住み、現在六〇歳であること、妻と二三歳になる娘がいること、債務者の本社工場は、奈良県大和高田市にあり、同人の通勤所要時間は、自宅から最寄りの駅である阪神武庫川駅まで徒歩で約一〇分、同駅から梅田駅まで約二〇分、JR大阪駅から天王寺駅まで約二〇分、近鉄南大阪線阿倍野橋駅から債務者の本社工場の最寄りの駅である近鉄坊城駅まで約四〇分、そこから徒歩で本社工場まで約二〇分かかるために電車の乗り換え時間を入れると合計片道約二時間一〇分を要する。債務者の就業開始時間は、午前八時三〇分であるので、朝は午前五時五〇分には自宅を出なければならず、就業終了時間は午後五時三〇分であるので帰宅は午後八時ころになることが一応認められる。

2  (証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者甲斐は、大阪市西淀川区に住み、昭和一六年一月一三日生まれの五四歳で、夫がいること、同人の通勤所要時間は、自宅から最寄りの駅である阪神千船駅まで徒歩で約二〇分、同駅から阪神梅田駅まで、約一〇分、JR大阪駅から天王寺駅まで約二〇分、近鉄南大阪線阿倍野橋駅から近鉄坊城駅まで約四〇分、同駅から本社工場まで徒歩で約二〇分かかり、電車の乗り換え時間をいれると合計所要時間は約二時間を要するため、朝は、債務者への就業時間に合わせるために午前五時四四分ころには自宅を出なければならず、帰宅は債務者の就業終了時間午後五時三〇分のために午後七時三〇分ころになり、家事ができなくなることが一応認められる。

3  (証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者嶋谷は、大阪市西淀川区に住み、昭和一三年一〇月五日生まれの現在五六歳の主婦であこと、同人の本社工場までの通勤時間は、自宅から最寄りの駅の阪神出来島駅まで徒歩で約二〇分、同駅から阪神梅田駅まで約二〇分、JR大阪駅から天王寺駅まで約二〇分、近鉄南大阪線阿倍野橋駅から近鉄坊城駅まで約四〇分、同駅から本社工場まで徒歩で約二〇分かかり、通勤の所要時間は電車の乗り換え時間を入れると合計約二時間かかること、同人は、平成三年から椎間板ヘルニアを患い、通院中であるが、帰宅時間が遅くなると通院に支障が生じること、また、自宅近くに住む亡夫の母親(現在八五歳)の面倒をみることにも支障を生じることが一応認められる。

4  債務者は、同人の出社時間について三〇分の猶予を設け、さらに、本社工場の最寄りの駅まで車で送迎する旨述べるが、そのことをも考慮しても、通勤時間は、債権者らの年齢からすると相当の負担を伴うものであり、肉体的にも耐え得るか問題がある。

他方、大阪事業所は、約二〇坪程度の狭いところであり、債務者は、大阪事業所を維持することにより、同事業所の維持管理費として、債権者らの給与を除き、光熱費等を含めて月約金一〇万円程度及び本社工場での大阪事業所に対する下準備のための労務賃月金一一万四六三九円の費用がかかるにすぎない(なお、債権者らの給与、健康保険、厚生年金及び交通費等の費用は、債権者らが本社工場において勤務しても同様に掛かるものであるから、これらの点を費用として計上していない。)。

以上の債権者らと債務者との不利益の程度を検討するならば、保全の必要性が肯定できる。

三  なお、(証拠略)によれば、債務者は、平成七年六月二二日付で全大阪金属産業労働組合芝実工業分会(以下「本件分会」という。)との間で同年五月二二日付をもって大阪事業所を閉鎖することに合意した旨一応認められる。しかしながら、債務者と本件組合との大阪事業所閉鎖に関する本件協定は、債務者と本件分会との間だけでなく、全大阪金属産業労働組合をも含めた合意であり(〈証拠略〉)、さらに、平成六年一一月一九日付の大阪事業所の存続問題での申入書(〈証拠略〉)では、本件分会は、債務者に対し、大阪事業所の閉鎖については大阪事業所勤務の者及び全大阪金属産業労働組合との話合により解決することを申し入れている。以上からすると、債務者と本件分会との平成七年六月二二日付合意は、本件協定を変更するに足りるものではない。

仮に、前記二の事実によれば、債務者が大阪事業所を閉鎖したとしても、大阪事業所は、債務者所有の約二〇坪程度の狭い場所であり、特段の設備もなくその維持管理費として、債権者らの給与を除き、光熱費等を含めて月約金一〇万円程度を要する程度の家内工業的事業所としての形態しか有していないことからすると、債務者と本件分会との平成七年六月二二日付合意をもって確定的に大阪事業所を閉鎖して、債権者らを就労させることができないとまではいえない。

四  結論

以上の次第で本件申立てはいずれも理由があるからこれを認容することとし(なお、事案の性質上担保をたてさせない。)主文のとおり決定する。

(裁判官 山口芳子)

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